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    「さやうでござりますか」

    と、練吉は急いで云つた。

    「馬子まごにも衣裳つて云ふから――」と云つたほどである。

    「をかしいから笑つたのだ」

    わきから又誰かが冷かした。

    「まあ、のみなさい」

    「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」

    「なんですよ、あんまり貴方あなたの評判がいゝもんですから、さういふ方ならぜひ一度自宅うちでも診ていたゞきたいと思ひましてね」

    練吉は軽く頭を下げながら、相手の房一がいきなり直立不動のやうに足をそろへたのを見た。

    「それでは、又あらためて伺ひます」

    正文はもう練吉に大した望みはつないでいなかつた。ただ一人前の医者にさへなつてくれたらそれでいゝと思つているらしかつた。それでも、目にあまるので何かと云ふと廃嫡といふ言葉を口にするのだつたが、効き目はなかつたやうである。そして、あんなに厳格だつた正文がこんなに度重る息子の不始末に、一々尻ぬぐひをしてやるのもふしぎであつた。

    そして、事実その通りだつた。盛子にはさういふ才能があつたのだ。房一と結婚して今の家に世帯を持つや否や、彼女の綺麗好きと器用さはすぐさま形を現した。入つた許りの時には黴かび臭く古ぼけていたこのだゝつ広い家が、ひと月かふた月たつうちに廊下も柱も戸棚もすべて拭きこまれるべき所はまるで見ちがへるほどぴかぴかして来た。はじめは家具が少いためにがらんとして見えた部屋々々もどことなくまとまりを感じさせるやうになつた。今でも、盛子は朝から晩まで何かしら細ま細ました用事を見つけ出しては働いていた。まるで彼女の行つた所、指で触れた所から片づけたり繕つくろつたりする仕事がぴよこりぴよこり起き上つて来るやうに見えた。押入れを開ける、すると襖紙の小さな破れが目についた。そいつをすぐに切り貼りする。台所の土間に降りると、床下から薬品を詰めて来た空箱がいくつも縄切れをはみ出させたまゝ押しこんであつたのに気づく。風呂の焚口たきぐちの所に行くと、造作に使つた木材の余りがそのまゝになつているのを思ひ出して焚きつけの分と燃料用の太いのとを撰り分けて置くと云つた案配である。

    「どうしなさつた」

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