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    今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。

    男はまだ立つて、あの話を持ちかける構へといつた風を持していた。

    「ほう、さうか。毎年あるのかね。そいぢや、これから度々見られるわけだな」

    「ふうん、それもよからう」

    が、ふいに一つのことが彼の頭に閃いた。それは盛子の妊娠だつた。それもたつた今さつきはじめて耳にしたことにちがひなかつた。が、この事はすでにずつと前に聞き、彼の心にぐつと深く喰ひこんでいることのやうに、思ひ出すと同時に何か身体中がさつと目覚めて来るやうな厚ぽつたい感覚で蘇つて来た。

    夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪たにが流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。

    房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。

    「まあ、それあ――」

    その様子が房一に余裕を持たせた。彼は東京の代診時代に覚えた世間慣れた快げな微笑を浮かべることさへできた。

    「やあ、おいでなさい。わたし、相沢です」

    房一はふりかへつた。

    盛子の顔からはもうあの一人でうれしがつているやうな無邪気さは消えていた。代りに現れたものは物柔い優しさに満ちた注意深さだつた。

    しきりにすゝめられたが、道平は縁側に出て、いつのまにか下していた着物の裾を又尻からげにかゝつていた。頑固といふほどではないが、その様子には円味のある手ごはさと云つた風なものが感じられた。

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