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    義母は明日も片づけ仕事が残つているので泊つて行くことになつた。

    房一はその時、これは思つたより以上に面倒だな、と感じた。この場だけを円めればいゝといふわけにはゆくまい、云ひがかりをつけられるかもしれぬ。それから、徳次をこの場から去らせても後で鬼倉の配下の者に狙はれるかもしれぬ、といふことを突嗟とつさに考へた。彼は腹をきめた。そして、相手の顔に目をつけながらゆつくりと答へた。

    「どうですか、掛りさうかね」

    「とんでもない、わたしの持山ぢやあるまいし、こつちは間で口を利いても礦山のことは素人しろうとだし、向ふは専門家でさあね。そんな煽てにのるやうな連中ぢやないよ」

    今彼が得て帰つた「医師高間房一」としての地位は、河原町に対する彼の野気を示すに恰好なものであつた。帰郷以来彼を迎へた河原町の人達の眼に、房一はその証拠を見た。だが同時に、彼が押して得た一歩か二歩を隙さへあれば押しもどさうとするやうな色も見分けた。若し彼が何かの意味で失敗すれば、彼等はすぐに嘲笑に転じ、又あの鈍い圧迫の下敷にして彼の気力を根こそぎにしてしまふだらう。

    男はじろじろと房一を見ていた。

    それに、茂子がこんな風にひよいと家を出て実家へ帰つたまゝ、十日も二十目ももどつて来ないなんてことは、別に珍らしいことでもなかつた。たゞ、この半年ばかりは落ちついていたのである。もう慣れつこになつている。そのうち又舞ひもどつて来るだらう。来なければ来ないで、それでもちつとも差支へはない。要するに、どうでもよかつた。居ない間が気楽といふものだつた。

    徳次は新聞なんかはとつていなかつた。ところが、町のずつと上手にある町役場では、すぐ近くのバスの発着所からいの一番に配達されるし、又県庁からの示達があるので、いろんな特種とくだねが入つた。今泉は早耳好きだつた。それに堀内将軍は聯隊長時代に今泉の上長だつた。その年の夏青島攻略がはじまつて、新聞に堀内将軍の記事が出て以来、今泉は何度河原町でこの「信水閣下」のことを話したものだらう。彼は夢中になつていた。その情熱のおかげで、今泉は町中の人が彼と同じ位に「信水閣下」を知つているやうにさへ思ひこんでいたのである。だから、新聞で凱旋の記事を見たとき、今泉はもうどんなにしてもそのことを知るかぎりの人に、誰でもいゝ、報しらせたくてたまらなかつたのだ。

    「まさか!」

    熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。

    けれども半之丞は靴屋の払いに不自由したばかりではありません。それから一月とたたないうちに今度はせっかくの腕時計や背広までも売るようになって来ました。ではその金はどうしたかと言えば、前後の分別ふんべつも何もなしにお松につぎこんでしまったのです。が、お松も半之丞に使わせていたばかりではありません。やはり「お」の字のお上かみの話によれば、元来この町の達磨茶屋だるまぢゃやの女は年々夷講えびすこうの晩になると、客をとらずに内輪うちわばかりで三味線しゃみせんを弾ひいたり踊ったりする、その割わり前まえの算段さえ一時はお松には苦しかったそうです。しかし半之丞もお松にはよほど夢中になっていたのでしょう。何しろお松は癇癪かんしゃくを起すと、半之丞の胸むなぐらをとって引きずり倒し、麦酒罎ビールびんで擲なぐりなどもしたものです。けれども半之丞はどう言う目に遇あっても、たいていは却かえって機嫌きげんをとっていました。もっとも前後にたった一度、お松がある別荘番の倅せがれと「お」の字町へ行ったとか聞いた時には別人のように怒おこったそうです。これもあるいは幾分か誇張があるかも知れません。けれども婆ばあさんの話したままを書けば、半之丞は(作者註。田園的でんえんてき嫉妬しっとの表白としてさもあらんとは思わるれども、この間あいだに割愛せざるべからざる数行すうぎょうあり)と言うことです。

    「どういふことでせうね、まあ!」

    と、云つた。

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