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房一が入つて来るのを見たとき、練吉の顔には意外だといふ表情が浮かんだ。彼は房一の眼を迎へようとして一層高く頭を持上げたが、房一は気づかなかつたので、やがて、練吉はわざわざ座を立つて近づいて来た。
さう云ひすてて、大きな音を立てて下駄をひきずりながら立去つたのだ。
練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いていた。
真黒い顔の男が傍によつて訊いた。
「それあ、しかし、何だな、知吉さんも今まで不服だつたのをこらへていたんだな、何分かの理窟はあるわけだね」
「ほらね、かういふ形のと、又別にかういふのがあるだらう」
今泉は一寸いやな顔になりかけたが、
徳次は口のあたりをもごもごさせた。
道平は顎髯を剃り落してしまつていた。
と、誰かが大声で叫んだ。
かうして、やつとこさ初秋の爽かさがやつて来た。が又、風だ。生温い、暑さのぶり返しを思はせる蒸し蒸しした空気、雨、それから青空、微風、快い乾いた空気、――こんな風にためらひ、一寸後もどりをし、又急ぎ足で駆け、季節は人々に型通りの見込をさせまいとするかのやうに見える、がその足どりの中には何か大まかな順調さが、あの自然といふものの単純な変化が歴然と現れて来る。人間が見込を外はづされてぽかんとしている間に、いつしか十月に入り、十月も終りに近くなり、あの快い乾いた、いくらか冷えを感じさせる明あかるい空気が、毎年のことでありながらかつて一度もなかつたと思はせるほど、又一月や二月ではなく、永久につゞくと思はれるほど、来る日も来る日もつゞいていた。
房一は先に立つて行つた。居間も座敷も畳が入れかへてあつた。だが、家具らしいものの何一つないこの大きな部屋には何かちぐはぐな乾いた空洞のやうな空気があつた。部屋の向ふには裏手の築地で四角に仕切られた庭があつた。そこにも目につくやうなものは何もなかつた。土の上に新しく削りとつた雑草の痕跡が一杯にのこつていた。その急に日向ひなたに出され、人の足に踏まれて顔をしかめたやうな土のひろがりの向ふには、低い築地とその際にたつた一本だけかなりに大きな無花果いちじゆくの樹がぼつさりと茂つていた。その葉裏にかすかに色づいた円つこい果の色だけがふしぎと生ま生ましい。
「いためた?」
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